ノド

声がいいねとよく言ってもらえます。
（「声だけはいいね」ともよく言われます）
でも僕が本気でええ声が出せるのは、舞台でもテレビでもなく風呂場です。
適度な湿度。
かすかな反響音。
密室のおかげで失われる恥じらい。
この三大条件が揃った時初めて本当のええ声が出ます。
聞かせられないのが残念ですが風呂に入る時は必ず最高の声で
「秀吉も愛したこの名湯は…」
とナレーションをしながら入ります。
（他によく使うフレーズは「嘉永６年３月、更なる飛躍のため龍馬は…」「島原の凶事より時は流れ…」「ブルータス、お前もか！」です）
これが一種のプラシーボ効果を生み効能があると信じてお風呂に入る時は必ずナレーションをつけます。
喉のケアは何もしていません。
ケアしなくなった理由があるのです。
８年前の冬
起きたらいつもノドが乾燥していたので加湿器を買いに行きました。
安いのでいいやと軽い気持ちで家電量販店に行ったのですがそこですごい加湿器を見つけてしまいました。
加湿器とは思えない、モビルスーツの顔をもぎ取ったような重厚なフォルム。
売り文句には「世界的ドイツのテノール歌手が愛用している加湿器」とありました。
なんと魅力的な響き。
無論ドイツのテノール歌手とはお会いした事すらありませんが欲しくてたまらなくなりました。
しかし値段をみれば
６万円。
加湿器で６万円。
高すぎる価格設定。
しかしその値段がまた説得力となってしまい悩みに悩んだ末
一時間後その加湿器は僕の寝室に置かれていました。
（少し恥じらっているようにも見えた）
高すぎる買い物をした。しかしこれで商売道具であるノドがケアできる、更にドイツのテノールクオリティがノドに宿るかもしれない。
加湿器に水を注ぎ興奮をおさえながらその日は早めに寝ました。
翌朝
目を開けた瞬間もうわかりました。
ノドが喜んでいる。
声帯が「早く俺を動かせ」と震えている。
試しに出した自分への「おはよう」は聞いた事のない美しい音色でした。
効果は抜群。
その日はとんでもなく絶好調な声帯をフル回転させながらご機嫌で仕事できました。
その日の夜、また素晴らしい声帯を手に入れるため加湿器に水を注ごうとして驚きました。
水が全く減っていません。
まさかと思いましたが
コンセントすら差さってていませんでした。
思い込みとは恐ろしい。
今日も自力で頑張っています。