初体験

18歳の頃、京都から大阪のNSC(吉本の養成所)に通っていました。
生徒の出来によってABCでランク付けされるのですが僕らは最低のCランクに属していました。
「お笑いむいてへん」と何度も講師に言われました。
僕らがネタをすれば講師は教室から出ていきました。そしてネタ終わりに帰ってきました。
口元にケチャップをつけて。
見てないネタへのアドバイスを聞きながら僕は「この人オムライスが好きなんやな」と呑気に思っていました。
しかし今思えば最低評価も当たり前。
僕は芸の道に飛び込んで来たくせに臆病で人前に立つことができずネタ中ずっと相方の背中に隠れていました。そしてボケる時だけサッと顔を出しまたすぐに隠れてました。
それを見てた講師や生徒達は相方の事をスタンド使いだと思っていたかもしれません。
C組の生徒は10人ぐらい。授業が終わると教室に残り輪になってダラダラ喋ります。
高校の時友達がいなかった僕は恥ずかしながらこの時間がとても好きでした。
その日、突然田村が言いました。
「みんなって初体験いつなん?」
震え上がりました。小中高と彼女はおろか異性とまともに会話すらしたこともなかったため初体験なんてまだ未来のSF話。未知との遭遇。
しかし田村は無情にも続けました。
「じゃあ川島の初体験から」
あろうことかこの顔面和室の壁男は僕を最初に指名しやがったのです。
やばい。未経験だなんて正直に話せば全員から馬鹿にされる。恥ずかしくてもうNSCに来れなくなる。
窮地に立たされた18歳川島少年の口から咄嗟に出た言葉はこれでした。
「は、半年前にちょっとな…」
嘘の罪悪感から「した」では無く「ちょっとな…」が限界でした。
いや、それでも半年前は遅いのか?みんなは15歳とかなのか?嘘までついたのに笑われるのか!?
一瞬で焦燥し、下を向いた僕に全員が言いました。

「すげえな!初体験終わってるんやー!」
しまった。
なんと僕以外全員未経験でした。いや正しくはそこにいた全員童貞でした。
しかしもう手遅れ。
全員憧れの目で
「どんな人やった?」
「どんなとこで?」
「痛いってほんま?」
と質問攻め。それに顔を真っ赤にして
「まあまあの人や」
「むこうの家のこたつやで」
「最初は痛い、でもすぐ慣れる」
などと答えるのが精一杯でした。
結局本当の初体験したのはその3年後。相方はまだこの事をいじってきます。

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