バンド2

「キェェェェェ!」
奇声をあげながら兜を壁に打ち付け、ガチャガチャという音でビートを刻む常軌を逸したボーカルの男。
そのガチャガチャという音に合わせて頭を振り応える熱狂的な1500人のオーディエンス。
このバンドの次の出番は僕ら。

もうこれ以上場を盛り上げないでくれ。
そんな僕の思いとは裏腹にボーカルは客を煽り続けます。
「ギャアアアア!お前ら!もっとこいよオラァァ!」

もう来るな。これ以上来るな。一旦座ろ。

「出し切れオラァァ!全部出し切れオラァァ!」

いや残しといて。ちょっとだけ残しといて。
知らんやろうけどこの後漫才があんねん。
『子育ては大変らしい』という平和なテーマで漫才すんねん。
「お前ら最高のバカ野郎だったよ!アバヨ!」

謝れ。お客さんが怒ったらどうすんねん。今から漫才やねんぞ。アバヨやあらへんがな。おい、どこ行くねん。

そんな僕の心配をよそに客席は怒るどころか大盛り上がり。
そして僕らの出番。
ビビりすぎて目の大きさがテレカの穴ぐらいしか開かない草食系芸人の二人。

逃げるわけにもいかず1500人のロックファンの前に出て行きました。

何を投げられてもおかしくないしステージに客が上がってきて殴られるかもしれない。

しかし登場した瞬間
「ウォォォォォォ!」
地鳴りのような歓声。

まさかの大歓迎。

萎縮しながらセンターマイクの前に立ちました。

「麒麟です」

「ウォォォォォォ!キィィィリィィィィィィン!」

大熱狂にうねる客席。

気持ちいい。

大ブーイングから殴られる覚悟で臨んだのにこの大歓声。

その時

感激で気持ちよくなりすぎた僕の口から信じられない言葉が出ました。

「お前らぁ!最高の夜にしようぜぇぇ!」
言った瞬間に耳が真っ赤になりました。
脳で考えるよりも先に気持ちから出た言葉だったので制御不能でした。

「ウォォォォ!」
応えてくれる熱いオーディエンス。

そのまま漫才をするときちんとネタを聞いて大爆笑で包み込んでくれました。

その日の帰り。

相方と二人で歩いて帰ってました。

僕が田村に声をかけます。
「今日は大変やったなあ」
田村も答えます。
「ほんまヤバかったよな。でもお前のあれ何やったん?あの『お前ら最高の夜に…』」

言い終わる前に僕は全力疾走で逃げました。

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