ファルコン(後編)
6段変速のやたらチェーンが外れる自転車に跨がり、僕らは隣町へ向かった。
商店街にあるいつも通り過ぎていた小さな靴屋だ。
「本当にここにあの高橋名人のサインがあるのか?」
噂の真相を確かめるべく興奮気味に自転車をとめ、僕らは靴屋に押しかけた。
入り口のすぐそばの台には僕らの憧れ、ファルコンインパルスが美しくディスプレイされていた。
近所の靴屋とは違いこの靴が子供達の憧れだということを「わかっている」演出であった。
「間違いない」
心でつぶやきながら僕らは早足でレジに向かった。
店主である50歳ぐらいのおじさんがそこに座っていた。
ついに真相を確認するときが来た。
緊張のあまり早口になる僕。
「す、すいません、ここでファルコンインパルスを買ったら高橋名人のサインがもらえるってほんまですか?」
何度も聞かれている質問なのだろう、店主は新聞に目をむけながら上を指差した。
視線をその方向にあげると
それはあった。
あの高橋名人のサイン色紙だ。
それがレジの上の壁に飾られ燦然と輝きを放っている。
欲しい。
しかし靴を買わなければ手に入らない、そして高い所に飾られていた事もあって2つの意味で手の届かない存在であった。
その時
友達の一人である桐山君がつぶやいた。
「あれ…印刷ちゃう?」
印刷?
直筆ではない?
注意深くじっくり再び色紙を見上げる。
本当だ。黒が少し薄く全体的に印刷特有の色を出している。
小学生でも気付く荒い仕上がり。
桐山君は店主に向けて問いだした。
「おっちゃん、これ本物のサインやないやろ?印刷やな?」
すると店主は鋭い視線で桐山君を睨み返し野太い声をだした。
「本物や、おっちゃんがもらったんや」
まだシラをきるつもりだ。
「じゃあ近くで見せてえや、本物やって証拠あるか?」
食い下がる桐山君。
店主は重い腰をあげサイン色紙をとり僕らに差し出した。
手にとって目を凝らして確信した。
絶対に印刷だ。
「ほれ印刷やんか!」
そう言いだした僕らを遮るように店主は言った
「じっくり見い!そこに歯型ついとるやろ?」
歯型?
確かにサイン色紙の左上に大人が噛んだ跡ようなものがついていた。
「それ、高橋名人の歯型。本物やで」
僕らがこの靴屋に来ることは二度と無かった。