ホームセンター

今思い出してもあれは何だったんだという仕事があります。
それはまだ僕らが二年目の頃の話。
全く無名の僕らになぜか入ってきたのはとんでもなくシュールな番組でした。

『八代亜紀、初めてのホームセンターに麒麟と行く!』

誰がどう企画してこんな事になってしまったのかわかりませんが、これだけではありません。

驚くべき事に

なんとこれは

ラジオ番組だったのです。

八代亜紀が初めてホームセンターに足を踏み入れるところを密着、しかも無名で面識もない麒麟を引き連れて、それをラジオで生放送。

不可解のミルフィーユ。
クエスチョンの波状攻撃。

古舘伊知郎さんならどう比喩してくれたかわかりませんがとにかくこんな事件的な番組が大阪で実際にありました。
生放送直前
ホームセンターの前でマイクを持ち緊張しながらスタンバイしている僕らのもとに八代亜紀さんは訪れました。
「今日はよろしくね」
大人の色気とスターのオーラを纏った微笑みを浮かべ、その美声で僕らに優しく挨拶してくださいました。
その後ディレクターと打ち合わせをされる八代さん。
しかし、間もなく本番というときに田村が僕の耳元で信じられない事を言いました。
「川島、あの人有名なん?」

なんということでしょう!
中学生の頃に一家解散され家を無くしそこからしばらく極貧生活を余儀なくされた田村はテレビを見る事もほぼなかったため八代亜紀さんを知らなかったのです。
「なんか金持ちの人?不動産の?」

誰かと間違えながら炙ったイカのような顔を浮かべる田村。
このまま生放送がスタートしてしまえば大惨事になりかねない。
しかし説明したいが功績が多すぎて何から教えていいかわからない。
「舟唄!舟唄知らん!?しみじみぃー飲めばぁーの人!」
「酒屋?」

そうこうしてる間に生放送はスタート。
初めてのホームセンターに興味津々で少女のように目を輝かせる八代亜紀さん。
「すごいわ、なんでも売ってるのね。ほうきがあるわ。かわいいわね」

なぜかほうきに食いつくスター八代。
微笑ましい光景。
しかしその時恐れていた悲劇が。
「何言うとんねん!ほうきはどこでもあるやろ!」
無知とは本当に恐ろしい事。
初めてのラジオ番組に張り切りスターに切りかかってしまう田村。

僕がこの生放送で喋った言葉は「すいません!」だけでした。

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