男前

今から15年前
僕がまだ養成所に通いネタ見せをしたり発声練習をしたり芝居(登場人物はなぜか全員金融屋)の稽古に日々勤しんでいた頃の話です。
いつもの授業終わりに講師が言いました。
「とある先輩が単独ライブのエキストラを募集してるから誰か出て。ギャラは出えへんけどな、ぶへへへ」
トリュフ探しに向いてそうな鼻息してるなと思っていると生徒全員が一斉に手を挙げたので僕らもあわてて挙手。
すると講師は「じゃあお前ら二人出ろな。たくさん勉強してこいよ、ぶへへへ」となぜか僕らが指名され、エキストラの仕事が決まりました。
その『とある先輩』が雨上がり決死隊さんだとだと知らされた時、「京都発!吉本決死隊(KBSラジオ)」を聞いてこの世界に入ってきた僕は嬉しさのあまり発狂し「ぶへぶへへぶぶへ」と講師より醜い豚鼻で喜びをあらわしたものでした。
舞台は名古屋の大ホール。
ケンドーコバヤシさんもゲストでコントに参加。
そんな中僕らの役目は「暴れまわる宮迫さんを取り押さえようとするも逆に圧倒されドロップキックをくらった勢いで舞台からハケていく」というものでした。
簡単だと思うかもしれませんが初舞台も経験していないのに何百人が見守るホールでエキストラとはいえ大先輩と一緒にコントをするというのは緊張というよりもはや恐怖。
そんな心境のまま舞台の照明を浴びた瞬間、僕の頭は真っ白になり全く段取り通りに体が動かずなんとドロップキックを受けずに舞台からハケてしまったのです。
大失敗。
「かまへんよー」と舞台終わりに明るく言ってくれた宮迫さんにさらに申し訳なさがこみ上げてきて新幹線を待つ名古屋駅のホームでうなだれていました。
「僕は普通の事もできひん」
涙を流しそうになったその時、頬に冷たい感触が。
見るとそこにはキンキンに冷えた缶ビール。
驚いて見上げるとそこに立っていたのはケンドーコバヤシさん。
「飲めよ」
と一言。
その目は「落ち込んでんとこれ飲んで忘れて次頑張ったらええ」と言ってくれていました。
缶ビールを受け取りグビっと一口のみ、「ありがとうございます!」とお礼を言いながら僕がもう一度振り返るとコバヤシさんは背を向け右手を挙げ人差し指で天を差していました。
「ここまであがってこい」
その背中はそう語っていました。

ちなみにその日のコバさんの役は「ブリーフ一丁で舞台を5分間ゆっくり走り回る」
というものでした。

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