クロスワード

田村と楽屋で二人きりでした。

出番まではまだ1時間あります。

打ち合わせも準備も済ませ後は本番を待つばかり。

楽屋におだやかに流れる静寂。

その時、相方が

「暇やしなんかコンビニで買ってくるわ。本とか」

と言いました。

「知らんがな」

と心の中で思いました。

しばらくすると相方はビニール袋をぶら下げて上機嫌で楽屋に帰ってきました。
中から取り出したのはアイスコーヒーと『デラックスクロスワード』という雑誌。

これはクロスワードパズルがたくさん載った月刊誌です。

確かに暇つぶしには持ってこいのアイテム。

「俺な、最近クロスワードパズルにハマってんねん。先月ぐらいから。頭の体操になるし」

笑みを浮かべて田村は喋っています。

「知らんがな」

と心の中で思いました。

カバンからボールペンを取り出し、嬉しそうに早速クロスワードパズルを始める田村。

なるほど最近ハマっているだけあってとても快調なスピードで問題を解きどんどんマスを埋めていきます。

あっという間に1ページ目の問題を解ききってしまいました。

続いて2ページ目。

田村の脳と手はとまる事を知らない暴走的なスピードで次々とクロスワードを紐解いていきます。

早い。

いや

早すぎる。

すごいペースでクロスワードを解いていき15分足らずでなんと雑誌の半分をクリアしてしまいました。

しかしその時

田村の手がピタリととまりました。

そして解いていったページをゆっくり見直していき

最後にじっくり表紙を見てこうつぶやきました。

「これ…、先月やったやつや」

怖い。

田村が買ってきたデラックスクロスワードは先月号だったのです。

それでも表紙を見ればそんなことはわかりそうなもんですが問題を半分解いてようやく気付くのが田村。

一度全部経験したのだからこれは全て過去問。
通りで解くのが早いわけです。

「これ先月号やな、…どうしよう川島」

僕の心の中ではこの日一番の「知らんがな」が記録されました。

でんごんばん CIDER inc.