ドラマチック

今から5年前の事。
その日僕は大阪から東京に向かう新幹線に乗っていました
時刻は20時を回ったところ。
仕事終わりの自分をビールと写真週刊誌の袋とじで労っていたその時

ドラマでしか聞いた事の無いあのセリフが車内にアナウンスされました。

『お客様の中にお医者様はおられませんか』

妙な感動を覚えました。
まさか本当にこんなセリフが聞ける日が来るとは。
車内が若干ざわつきだしたところを見ると皆が同じ気持ちだったのでしょう。
騒然とした空気をおさえるかのようにアナウンスは続けられました。

『おくつろぎ中の所大変申し訳ございません。お医者様がおられましたら9号車と10号車の間のデッキまでお越しください。ご協力をお願いいたします』

その時

僕の2つ前に座っていた中年の男性が立ち上がりやや大きめの革の鞄を持って颯爽とデッキの方へ向かって行くではありませんか。
この状況、彼が医者である事に間違いありません。
その後ろ姿は一人の人間を救おうとしているヒーローの輝きを放っていました。
乗客は皆その背中を羨望の眼差しで見送りました。

見たい。

正直彼がどのような処置をするのか見たい。
ドラマの中でしか起こり得ない事を現実に体験している真っ最中の僕は胸の鼓動が収まらず、事の顛末を少しでもいいから見届けたくて我慢できなくなりました。
しかしすぐ行くのはさすがにみっともない。
自分なりに充分な間を開けて僕は9号車と10号車のデッキに向かいました。
深呼吸して足を一歩踏み出しドアが開いた僕の目には驚きの光景が飛び込んできました。

一人の寝そべっているおじいさんを囲んでいる4人の様々な男性達。
一人は首を起こして支えている。
一人は聴診器をあて心動音を聞いている。
一人は手首をつかみ脈をはかり一人は神妙な顔でとにかく見守っている。
この状況おわかりいただけるだろうか。
そう。
新幹線に医者がいすぎたのです。

しかも倒れているおじいさんは幸いただの貧血でその場に寝そべってしまっただけのよう。
それを見た客室乗務員が大事をとってアナウンスしたところ医者が駆けつけすぎるというまさかのハプニング。
すでにおじいさんも恥ずかしそうにしています。
みんなの期待を背中に受けて颯爽と出て行った『僕らの車両代表』は神妙な顔で立っていただけの人でした。
これも一つのハッピーエンドです。

でんごんばん CIDER inc.