『ん』

昨日は深夜の来客について書きました。
それ以来彼女が家を訪れる事は無く我が家に平穏が訪れたのでした。
しかしその半年後、新たな問題が起こり始めるのです。
とある日曜日
耳障りな音で僕は起こされました。
時計を見るとまだ朝の7時。
前日深夜まで仕事をしていた僕は顔を歪めながら、その不可解な音の正体を探りました。
『ジャカジャカジャカジャカジャッジャッジャッ』
繰り返される怪奇音
どうやらそれはアコースティックギターの音でした。
音の出所から考えると一つ上の階の人が奏でている。
何もこんな朝早くからしなくてもと思いながらも二度寝をしようとした僕の耳に更なる衝撃が。
『ジャッジャッ、ジャジャッぼくぅーのせぇーなかはじぶんがぁー』

歌いだした!
まさかの弾き語り!
しかも槇原敬之の「どんなときも」だ!
お世辞にも上手いとは言えない唸るような野太い男の歌声が一階下の僕の寝室に降り注いできます。
彼は何を思って日曜日の朝7時から「どんなときも」を弾き語っているのか?
「僕が僕らしくあるために」と言われれば反論できませんが槇原さんもこんな人の背中を押すためにつくったわけではないでしょう。
起き上がる元気も無く布団をかぶり文字通り泣き寝入りしようとした僕にとどめといわんばかりのストレスが。
サビの『どんなときも』の部分を彼は
『ん、どんなときも』
と歌うのです。
その『ん』がとても鼻につく『ん』なのです。
上手い人のアレンジなら味になるのでしょうが下手な上にリズム不足な彼が『ん』を入れるので肝心の『どんなときも』の部分が曲からこぼれそうになるので後半早口で詰め込まれるです。
『ん、ドンナトキーモ、ん、ドンナトキーモ』
「悲しい時ー!」にも似た気持ち悪いメロディ。
弾き語りは1時間で終わりました。
しかしこれが毎週続いたのです。
まさかのレギュラー化。

『日曜朝7時は、ん、ドンナトキーモ!』
最悪な番組がスタートしました。
しかしいくらイライラしててもサビに差し掛かると耳をすませてしまう。
知らぬ間に『ん』が欲しくなっている自分がいました。
きっと他の住人もそうだったのではないでしょうか。
『ん』がないと物足りない。
『ん』が欲しい。
結局弾き語りは三ヶ月でバッタリと聞こえなくなりました。
今でも僕はカラオケで誰かが「どんなときも」を歌う時、サビで耳をすませてしまいます。

でんごんばん CIDER inc.