生肉

この世界に入って1年目。
ようやくオーディションに合格し、劇場で週に一度出番をもらえるようになった頃の話です。
漫才を見て麒麟をゲストに呼びたがっている先輩がいるから出ないかと社員さんに言われました。
その先輩とは野性爆弾さん。
前記のエキストラ出演以外で先輩のライブに出してもらえるのは初めてのこと、しかも野性爆弾さんに呼ばれるなんてこの上無い幸せ。
僕らは目を輝かせてオファーを快諾しました。
そのライブの一週間前、僕らは野性爆弾さんに楽屋に呼び出されました。
ライブのための入念な打ち合わせだろうなと思い緊張しながら川島さんに挨拶。
「ゲストに呼んでいただいてありがとうございます。一生懸命漫才させていただきます」
すると川島さんが笑顔を浮かべながら
「漫才はせんでええよ。ちょっとライブで流すVTRに出演してほしいねん。これから撮影するからいこか」
そう言われて僕らは近くの公園に連れてこられました。
そこで撮影するVTRの脚本が川島さんから発表されました。
「じゃあ二人で裸になって砂場にしゃがんどいて。んで俺がそこに牛の生肉を投げ入れるからそれを二人で取り合ってほしいねん。手は使わんといてな」

こいつは何を言ってるんだろう。

自然に僕はそう思いました。
しかし先輩のライブというのはこういうものなのかと覚悟を決め、僕達は全裸で必死に生肉を奪いあいました。
5テイク程取り直してようやくOK(正直何がNGで何がOKかわかりませんでした)
服をいそいそと着ている僕らに川島さんが駆けより優しい目で言いました。
「悪いな、変なことさせて。でも俺はほんまにこれがおもろいと思ってるし俺らの事を見に来てる客もほんまにこういうのが好きやねん。無理させてすまんなあ」
信念を貫いた笑いのプロの顔がそこにありました。
そしてライブ本番。
野性爆弾さんのネタが終わりいよいよそのVTRが放映されました。

めっちゃスベってました。

誰一人として笑ってません。
「話が違う!こういうのが好きなお客さんじゃなかったのか!」
そう思いながら川島さんの顔を見ると、なんと他の誰よりも一番つまんなさそうに映像を見ていました。
そして映像が終わると「何これ?」と言って大笑いされました。
「何これ?」は絶対こっちのセリフです。
しかし罪悪感からか打ち上げでやたら優しかったのが笑けました。
優しい先輩です。

でんごんばん CIDER inc.