老紳士タクシー

数年前の話です。
砧スタジオに向かうためタクシーをつかまえました。

(ちなみに『砧』は『きぬた』と読みます。僕も関西に住んでいる時は読めませんでした。あと読めなかったのは『九品仏』です。まさか九品仏と読むとは思いませんでした)

右手をあげると黒いタクシーがとまりました。

乗車しようとすると運転手である60歳ぐらいの老紳士がわざわざ車を降り、後部座席のドアを開けてくれました。

「わたくし、○○交通の吉原と申します。ご乗車ありがとうございます。安全運転で参ります。」

丁寧なご挨拶にこちらの背筋も伸びました。
行き先を告げ車は発進。

規制速度より遅いスピードで走行
充分すぎる程の車間距離
黄信号では迷わず停車。

過剰な程の安全運転をされるなあと思っていると運転手さんが言いました。

「お客さん、安全運転が過剰だと思ってますよね?」
驚きました。
もちろん安全に越したことは無いのですが自分でも過剰だとわかって運転をされているのでした。

「我々タクシードライバーはお客様の命を預かっています。一つの判断が事故を招くのです。本来はこれぐらい注意して運転しなければいけないのです」

しっかりとした口調で言い切りました。
「お客さん、我々タクシードライバーが事故を起こさないのは勿論ですがもう一つできなければいけない事がわかりますか?」
突然のタクシークイズ。
考えた瞬間、すぐ答えが発表されました。
「答えは『一人で車を修理できなければいけない』です。今のドライバーはパンクすら自分では直せないでしょ。あれはプロといえませんよ」

話はとまりません。
「私は勿論車の修理なら一人でできますよ。でもしたことない。事故を起こしたことがないから。事故はおろか私はこの40年間無違反でやってきました。若い時からゴールド免許です」
持論から自慢にスライドしている様子。
しかし話に夢中になりすぎて目的地に向かうカドを通り過ぎました。

「運転手さん!今のとこ右です!」

「あぁ、これは失礼いたしました」

対抗車線に車が来てなかったのでスムーズにUターンしました。

しかし

その瞬間

『ウー!ウー!そこのタクシーとまりなさい』

そこはまさかのUターン禁止の道路でした。

老紳士は顔をしわくちゃにして恨めしそうな顔で僕を見てきました。

なんやこいつと思いました。

でんごんばん CIDER inc.