喰らう
東京へと向かう最終の新幹線。
窓際の席で僕は夜景を見ながら缶ビールで自分をねぎらっていました。
その時、隣に小太りの中年男性が座ってきました。
男性は席につくやいなやテーブルを出し、その上に駅弁を置きその封を両手でかきむしるように開きました。
勢いをつけすぎて割った割り箸は片方がゴルフクラブのような形になっていましたがそんな事はおかまいなしとばかりに弁当を食べ始めましたら。
いや、『食べる』というよりは『喰らう』という表現が正しいでしょう。
食の賑わいをみせていた駅弁はあっという間に空箱になってしまいました。
すると男性はまた袋から何かを取り出しテーブルの上にドンと置きました。
駅弁です。
まさかの2つめ。
一つでは到底満たされないのでしょう。
男性はまた爪をたて封を破り背を丸め、いびつな割り箸でまた弁当を喰らい始めました。
すがすがしい程の食欲。
好きな物は最後にとっておくなんて事はしない。
おかずであろうが白飯であろうが目に入ったものは片っ端から飲み込んでしまう圧倒的なパワー。
先ほどからチラチラと見ている僕でさえ目が合ったら無事では済まされないかもしれない。
二つの駅弁を食べ終わるまでに要した時間はわずか8分足らず。
男性はつまようじをくわえようやくシートに背をもたれ満足そうな表情を浮かべていました。
こちらまで嬉しくなってしまうほどのいい笑顔でした。
しかし
ワゴン販売の売り子さんがそばを通ったその時でした。
「すいません、駅弁ください」
耳を疑いました。
この人は今何を言ったんだ。
何も知らずにとびきりの笑顔でテーブルに駅弁を置く売り子のお姉さん。
真実を知ればその笑顔はくずれ手は震えワゴンを置いて逃げ出しかねないであろう。
3つ目となる駅弁に手をかけまた新しい割り箸で食らい始める男性。
こいつは天下一武道会終わりなのか…!?
そう想像せざるをえない圧倒的食欲。
しかし弁当を半分程食べおえた所で箸がピタッととまりました。
さすがに3つはきつかったか。
もう充分だ、もういい。
あんたは頑張った。
無理して完食しなくていいよ。
そう思い彼の顔に目をやると
なんと
寝てました。
なんと自由に生きる人だ。
僕は彼の事を心の中で『欲望』と呼ぶ事にしました。