スキューバ

「スキューバは人生観変わりますよ」
数年前、居酒屋で後輩にそう言われました。
それは自分でも思っていました。
神秘的な海の世界を知らないまま都会で小忙しく日々過ごしていく「危機感」が心の片隅で巣食っていたのです。
しかし何をすればいいかわからない。
そんな事を居酒屋で後輩二人に話してました。
「俺明日休みやけどスキューバて急に行ってできるもんやないやろ?」
「大丈夫す。あ、僕の友達が沖縄でインストラクターやってるんで行くなら連絡しますよ」
「まじかー。ネゴどう思う?」
「…スー、…スー」
ネゴシックスは天を仰ぎ枝豆を握りしめ眠っていました。寝息だけはスキューバ感を出して僕を後押ししていました。
「…決めた。行く。明日。スキューバする。俺、沖縄で」
己の大胆行動の不慣れさに倒置法が乱れ打ちされました。

翌朝、僕は空の上にいました。
仕事じゃない飛行機はこんなに景色が違うものかとずっと窓の外を見ていました。
道中でこんなに楽しいのにスキューバなんてしたら幸せで体が弾けて海の藻屑になると思いました。
沖縄に着いた僕はすぐに海へ。
「あー川島さん、いらっしゃいー。今日は私にまかせてね、じゃあ着替えたら船来てさー」
後輩の女友達が優しく迎えてくれました。
お客さんは僕を含め5人。
皆で船に乗り30分程移動してポイントに向かいます。
そこで悲劇は起こりました。
「川島さん突然で驚いたさー、でも忙しいのによく来れたねぇ」
「急に休みなったんで思い切って来ました」
「すごいねー。で、何泊していくの?」
「あ、今日です。明日仕事なんで今日帰ります」
その瞬間彼女の顔が変わりました。
「今日!?今日帰るの?!日帰りぃ?!」
「は、はい」
「だったらダメ!スキューバ出来ないさー!」
「ええ!?なんでぇ!?」
エアボンベからの圧縮された空気で長時間呼吸していると体内に窒素がたまり、その状態で飛行機に乗ると「減圧症」になって呼吸器に障害が出る。だからスキューバをしたら24時間は飛行機に乗れないと彼女は説明してくれました。
「え…僕どうすればいいですか?」
「悪いけど…これ」
彼女から手渡されたのはシュノーケル。
「この辺まだ浅いからこれで泳いでて。あとで迎えにくるさー…」
僕を降ろした船はあっという間に見えなくなりました。
一人残された僕は沖縄の海に浮かびながら思いました。
これスキューバじゃない
漂流だ

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